まだらの紐

今月は小刻みに締め切りがあったり、いくつか会食の手配をしたり、下の部屋は改築工事をやっているし、イレギュラーなことが多く、なんとなくおちつきませんでした。

そして、そういう時には、たいてい、ドジをふむ。

案の定、すごく楽しみにしていたテレビ番組を二つ見のがしました。

特に痛恨事だったのが、「シャーロック」シーズン4の第3話を見のがしたこと。いちばんおもしろそうだったのに。

どうして第2話を見た直後に、第3話の録画予約をしなかったんだろう…。

これからは、「見たい!」と思ったらすぐ予約。これを習慣にしようと思います。

そんなわけで、というとずいぶんイージーですが、7月の1冊はホームズシリーズから、「まだらの紐」です。『シャーロック・ホームズの冒険』所収。

ホームズものの魅力的な要素を、ほとんど残らずつめこんだエピソードです。

若く美しい女性の依頼人。彼女の双子の姉の異様な死と、「まだらの紐」というダイイング・メッセージ。凶暴な容疑者。依頼人に迫る危険。稲妻のような推理で謎を解いたホームズは、証拠をつかむべくワトソンと一緒に事件現場の不気味な暗闇に身を潜める。そして現れる「まだらの紐」。その正体は思いがけないものです。

暗闇の中で、何が起こったかわからないワトソンに、ホームズが「見ただろう、ワトソン、まだらの紐だ!」と叫ぶクライマックスシーンでは、我々読者もワトソン同様、完全に置いてきぼり。「いったい何が起こったんだ!」とあたふたさせられます。

そして、謎解き。真相の意外さと、ホームズの推理の見事さに、ワトソンも読者も圧倒されてしまいます。

ホームズを読むという行為の喜びは、凡人として天才を見上げ崇拝することの、いささか倒錯した快感を味わうことにあるかもしれません。

ドイルは、物語に、事件そのものの謎と、それをすでに見抜いているホームズの思わせぶりと、二重のもやもやを敷き詰めていて、私たちはまんまとその煙に巻かれてしまう。

こんなに訳がわからなと「ええい、もうやめたっ」と放り出してしまいそうなものですが、そうならずに、それどころかぐいぐい引き込まれてしまうのは、なぜか。

それはまず、やはり人物が魅力的だからです。

変人で紳士で皮肉で情熱的なホームズ。温和で勇敢で誠実なワトソン。この二人の連係プレーは、まさにオンリーワンの強烈な引力をもっています。

次に、ドイルの文章力が抜群だということがあると思います。基本的には端正なのに、クライマックスで読者を完全に現実の世界からかっさらってしまう手腕は、紳士としてぎりぎりじゃないかと思う強引さ。あれは文体の壁ドンです。

タイトルの付け方も見事です。「まだらの紐」もなかなかですが、シリーズを見渡すと、金賞はやっぱり「三人ガリデブ」。こんな思いきったタイトル、なかなかつけられないわ…。

こうしてみると、やはり、ホームズシリーズは、読み物として死角が見当たらない。天晴れの傑作・名作です。

「まだらの紐」は、私がダイジェスト版でなく、全訳版で読んだホームズの記念すべき1作目です。

小学校の4年生の時だったと思います。通っていたピアノ教室に置いてあって、前の人のレッスンが終わるのを待つ間に読み始めて、はまってしまった。

それまで読んでいたダイジェスト版では味わえなかった、暗く不穏な雰囲気や、ホームズの皮肉な物言い、うむをいわせず物語にひきこんでしまう巧みな語り口に、夢中になったのです。

次のページをめくるのがもどかしいような、あの狂おしい読書体験は忘れがたい。

だから、読書の喜びを思い出したい時に、必ずリピートするのが「まだらの紐」です。そして、その信頼は、決して裏切られることがないのです。

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